映画と経験 : クラカウアー、ベンヤミン、アドルノ
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書誌事項
映画と経験 : クラカウアー、ベンヤミン、アドルノ
(叢書・ウニベルシタス, 1065)
法政大学出版局, 2025.11
- タイトル読み
-
エイガ ト ケイケン : クラカウアー ベンヤミン アドルノ
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注記
表現種別: テキスト (ncrcontent), 機器種別: 機器不用 (ncrmedia), キャリア種別: 冊子 (ncrcarrier)
原タイトル:Cinema and experience
内容説明・目次
内容説明
思考の星座は、映画とともに煌めく。クラカウアー、ベンヤミン、アドルノは、映画とは何かよりはむしろ、映画は「何をするのか」という問いを立てる。いまだに予感しえない未来を生じさせる試みのなかで、映画という媒体、そして映画館という場がもつ可能性を追究する。映画を観る公衆の生きた経験についての思考を、批判理論と映画の交点で炸裂させる。
目次
- 第1部 クラカウアー(映画―崩壊していく世界の媒体;奇妙なアメリカニズム)
- 第2部 ベンヤミン(アクチュアリティ、さまざまなアンチノミー;アウラ―ある概念の我有化;月をボールと取り違えること;ミッキーマウス;第二の自然の遊戯形式)
- 第3部 アドルノ(映画美学という問題)
- 第4部 亡命時代のクラカウアー(映画の理論)
「BOOKデータベース」 より