意志と表象としての世界
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書誌事項
意志と表象としての世界
(中公クラシックス, W36-38)
中央公論新社, 2004
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- タイトル読み
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イシ ト ヒョウショウ ト シテ ノ セカイ
大学図書館所蔵 件 / 全121件
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大阪公立大学 杉本図書館図書館
1134.6//SC6//894811701589480,
2134.6//SC6//023311701602333, 3134.6//SC6//047611701604768 -
1134.6||I||1||1200028972816,
2134.6||I||1||2200028972825, 3134.6||I||1||3200028972834 -
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2134.6/S-2/W 1995200400089320, 3134.6/S-3/W 1994480400089117 -
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1134.6||Sc6i||V.120133000896,
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1080||C64||W36F0000311913,
2080||C64||W37F0000311914, 3080||C64||W38F0000311915 -
1134.57/Sc 6/11950000173782,
2134.57/Sc 6/21950000173784, 3134.57/Sc 6/31950000173786 -
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注記
2: 年譜あり
各巻に名著の言葉(ivp)あり
内容説明・目次
- 巻冊次
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1 ISBN 9784121600691
内容説明
目次
- 第1巻 表象としての世界の第一考察—根拠の原理に従う表象、すなわち経験と科学との客観(世界はわたしの表象である。;主観と客観は直かに境界を接している。;根拠の原理の一形態としての時間。世界は夢に似て、マーヤーの面紗に蔽われている。;物質とは働きであり、因果性である。直観能力としての悟性。 ほか)
- 第2巻 意志としての世界の第一考察—すなわち意志の客観化(事物の本質には外から近づくことはできない。すなわち原因論的な説明の及びうる範囲。;身体と意志とは一体であり、意志の認識はどこまでも身体を媒介として行なわれる。;身体は他のあらゆる客観と違って、表象でありかつ意志でもあるとして二重に意識されている。;人間や動物の身体は意志の現象であり、身体の活動は意志の働きに対応している。それゆえ身体の諸器官は欲望や性格に対応している。 ほか)
- 巻冊次
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2 ISBN 9784121600707
目次
- 第3巻 表象としての世界の第二考察—根拠の原理に依存しない表象、すなわちプラトンのイデア、芸術の客観(意志の客体性の各段階がプラトンのイデアに当たる。個別の事物はイデアの模像であり、無数に存在し、たえず生滅しているが、イデアはいかなる数多性も、いかなる変化も知らない。;カントとプラトンの教えの内的意味と目標とは完全に一致している。;プラトンのイデアは表象の形式下にあるという一点においてカントの物自体と相違する。 ほか)
- 第4巻 意志としての世界の第二考察—自己認識に達したときの生きんとする意志の肯定ならびに否定(哲学とは行為を指図したり義務を命じたりするものではないし、歴史を語ってそれを哲学であると考えるべきでもない。;死と生殖はともに生きんとする意志に属し、個体は滅びても全自然の意志は不滅である。現在のみが生きることの形式であり、過去や未来は概念であり、幻影にすぎない。死の恐怖は錯覚である。;人間の個々の行為、すなわち経験的性格に自由はなく、経験的性格は自由なる意志、すなわち叡知的性格によって決定づけられている。 ほか)
- 巻冊次
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3 ISBN 9784121600714
目次
- 人間の生は苦悩と退屈の間を往復している。苦悩の量は確定されているというのに、人間は外的原因のうちに苦悩の言い逃れを見つけようとしたがる。
- われわれに与えられているものは欠乏や困窮だけで、幸福とは一時の満足にすぎない。幸福それ自体を描いた文学は存在しない。最大多数の人間の一生はあわれなほど内容空虚で、気晴しのため彼らは信仰という各種の迷信を作り出した
- 人間界は偶然と誤謬の国であり、個々人の生涯は苦難の歴史である。しかし神に救いを求めるのは無駄であり、地上に救いがないというこのことこそが常態である。人間はつねに自分みずからに立ち還るよりほかに仕方がない。
- 性行為とは生きんとする意志を個体の生死を超えて肯定することであり、ここではじめて個体は全自然の生命に所有される
- 意志は自分の内面においてのみ発見され、一方自分以外のすべては表象のうちにのみある。意志と表象のこの規定から人間のエゴイズムの根拠が説明できる。
- 正義と不正について。国家ならびに法の起源。刑法について。
- マーヤーの面紗に囚われず「個体化の原理」を突き破って見ている者は、加害者と被害者との差異を超越したところに「永遠の正義」を見出す。それはヴェーダのウパニシャッドの定式となった大格言tat tvam asiならびに輪廻の神話に通じるものがある。
- 並外れた精神力をそなえた悪人と、巨大な国家的不正に抗して刑死する反逆者と—人間本性の二つの注目すべき特徴。
- 真、善、美という単なる言葉の背後に身を隠してはならないこと。善は相対概念である。他人の苦痛や不幸を見ることに限りない愉悦を覚える本来の悪、ならびに悪人についての諸考察。良心の呵責をめぐって。
- 徳は教えられるものではなく、学んで得られるものでもない。徳の証しはひとえに行為にのみある。通例「個体化の原理」に仕切られ、自分と他人との間には溝がある。エゴイストの場合この溝は大きく、自発的な正義はこれから解放され、さらに積極的な好意、慈善、人類愛へ向かう〔ほか〕
「BOOKデータベース」 より
