女が教えてはいけないのか : 第一テモテ2章11〜15節を1世紀の光で読み直す
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書誌事項
女が教えてはいけないのか : 第一テモテ2章11〜15節を1世紀の光で読み直す
いのちのことば社, 2023.7
- タイトル別名
-
I suffer not a woman
I suffer not a woman : rethinking 1 Timothy 2:11-15 in light of ancient evidence
- タイトル読み
-
オンナ ガ オシエテワ イケナイ ノカ : ダイ1 テモテ 2ショウ 11 15セツ オ 1セイキ ノ ヒカリ デ ヨミナオス
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注記
原著(Baker Book House, c1991)の翻訳
注/引用文献: p276-295
内容説明・目次
内容説明
歴史的に女性が聖職や指導的立場に就くことをキリスト教会がとどめる“聖書的根拠”とされてきたパウロの教え、「女が教えたり支配したりすることを許しません」は聖書の普遍的な要求なのか?牧会書簡が送られた時代、テモテが牧会していたエペソの教会の文化的・社会的な状況からその真意を解明し、聖書全体が女性リーダーを積極的に肯定していることを明らかにする。
目次
- 序章 従来の解釈に見られる問題点
- 第1部 この箇所の背景に取り組む(信仰をもって聖書に取り組む;牧会書簡 誰が何のために書いたのか;書簡の送付先 エペソ市 ほか)
- 第2部 何を差し止めているのか(第一テモテ2章12節)(第一テモテ2章12節を綿密に調べる;アウセンテインという見慣れない動詞;ほかには何と訳せるのか ほか)
- 第3部 禁令の論理的説明(第一テモテ2章13〜15節)(非難なのか、反論なのか(第一テモテ2章13〜14節);聖書の重要記述はいかにして覆されたか;作り話が改変される ほか)
- 結び
「BOOKデータベース」 より