政党内閣制の成立一九一八〜二七年

書誌事項

政党内閣制の成立一九一八〜二七年

村井良太著

有斐閣, 2005.1

タイトル別名

The establishment of the party cabinet system, 1918-1927

政党内閣制の成立1918〜27年

政党内閣制の成立 : 一九一八〜二七年

タイトル読み

セイトウ ナイカクセイ ノ セイリツ 1918 27ネン

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注記

欧文タイトル: The establishment of the party cabinet system, 1918-1927

主要参考文献: p325-346

内容説明・目次

内容説明

政党政治に否定的であった明治立憲制の下で、一九二四年から三二年にかけて政党内閣が相次いで成立し、さらに一九二七年に立憲民政党が結成されてからは、立憲政友会と民政党という二大政党の間で政権交代がなされた。そうした政党内閣の成立や政党間での政権交代は、なにゆえに実現し、どのような意味をもっていたのか。それは、戦前日本における政党政治の一つの到達点ではなかったか。一九一八年の原敬政友会内閣成立から二七年の民政党結成まで、政権の新たな担い手となる政党勢力と、首相を選定していた元老・宮中との相互作用を軸に分析・考察し、その現代的意義を問う。

目次

  • 第1章 原内閣と憲政会—戦後における新旧の相克(一九一八〜二一年)(元老たちの戦後—原敬という選択;原政友会の戦後—「情意投合」路線上の安定と強化;加藤憲政会の戦後—再生への始動;高橋内閣という選択)
  • 第2章 原以後の試行錯誤—転換期における首相選定(一九二一〜二四年)(高橋内閣と「憲政常道」論の高まり—多数党型政党内閣制への志向;加藤友三郎内閣と「情意投合」—日本型議院内閣制への志向;第二次山本権兵衛内閣と「挙国一致」—「挙国一致」内閣への志向;清浦内閣の成立—貴族院選挙管理内閣)
  • 第3章 一九二四年憲政危機と西園寺公望—二つのオーバーライド(一九二四年)(西園寺公望の政治的人格—文明、世界、そして日本;第二次護憲運動—第一のオーバーライド;清浦内閣の総辞職—第二のオーバーライド;加藤高明の選定と意義—帰結)
  • 第4章 憲政会の体制内化—政党内閣制の契機(一九二四〜二五年)(一九二四年危機の克服過程(克服への体制整備;憲政会のセカンド・テスト);第二次加藤内閣という選択—憲政会の体制内化)
  • 第5章 政党内閣制の成立—元老以後の国家像を求めて(一九二五〜二七年)(三党鼎立下の政党政治—加藤から若槻へ;初の男子普通選挙をめぐる内閣論の対立;田中義一内閣という選択—政党内閣制の成立と二大政党化;西園寺公望と政党内閣制)

「BOOKデータベース」 より

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