啓示とは何か : あらゆる啓示批判の試み
著者
書誌事項
啓示とは何か : あらゆる啓示批判の試み
(叢書・ウニベルシタス, 541)
法政大学出版局, 1996.9
- タイトル別名
-
Versuch einer Kritik aller Offenbarung
- タイトル読み
-
ケイジ トワ ナニカ : アラユル ケイジ ヒハン ノ ココロミ
電子リソースにアクセスする 全1件
-
-
啓示とは何か : あらゆる啓示批判の試み
1996
限定公開 -
啓示とは何か : あらゆる啓示批判の試み
大学図書館所蔵 全183件
  青森
  岩手
  宮城
  秋田
  山形
  福島
  茨城
  栃木
  群馬
  埼玉
  千葉
  東京
  神奈川
  新潟
  富山
  石川
  福井
  山梨
  長野
  岐阜
  静岡
  愛知
  三重
  滋賀
  京都
  大阪
  兵庫
  奈良
  和歌山
  鳥取
  島根
  岡山
  広島
  山口
  徳島
  香川
  愛媛
  高知
  福岡
  佐賀
  長崎
  熊本
  大分
  宮崎
  鹿児島
  沖縄
  韓国
  中国
  タイ
  イギリス
  ドイツ
  スイス
  フランス
  ベルギー
  オランダ
  スウェーデン
  ノルウェー
  アメリカ
この図書・雑誌をさがす
注記
翻訳底本: インマヌエル・ヘルマン・フィヒテ版 Fichtes Werke, Bd.V
内容説明・目次
内容説明
真の「聖性」に目覚める道を探求。この世を超えた存在から人間への天啓と影響、メッセージを意味する「啓示」の概念は、諸国民に普遍的に見られる。その起源と本質、権能と逸脱、可能性について、実践理性の原理に基づいて批判的に考察する。フィヒテ哲学の原点であり、「頽落」の現代に良心の自由を問う。
目次
- 宗教一般の演繹の準備としての意志の理論
- 宗教一般の演繹
- 宗教一般を自然宗教と啓示宗教とに区分することについて
- 啓示概念の形式的説明
- 啓示概念の質料的説明
- 純粋理性のア・プリオリな原理からの啓示概念の演繹
- 啓示概念で前提される経験的与件の可能性について
- 啓示の物理的可能性について
- 形式のうえから見た神性の規準
- 啓示の可能的な内容(啓示の質料)に関する神性の規準
- この内容の可能的な描写に関する啓示の神性の諸規準
- これらの規準の体系的な秩序
- 所与の現象を神の啓示として想定する可能性について
- 本批判の全般的概要
「BOOKデータベース」 より