境界を越えるアメリカ演劇 : オールタナティヴな演劇の理解
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境界を越えるアメリカ演劇 : オールタナティヴな演劇の理解
(Minerva英米文学ライブラリー, 9)
ミネルヴァ書房, 2001.4
- タイトル読み
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キョウカイ オ コエル アメリカ エンゲキ : オールタナティヴナ エンゲキ ノ リカイ
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注記
引用・参考文献: 各章末
内容説明・目次
内容説明
アメリカ演劇は、オニール、ミラー、ウィリアムズなど従来アメリカ演劇の正典(キャノン)とされてきた少数の作家たちの作品を基準として語られてきた。それに対して非キャノンとされてきた演劇はリアリズムの枠を越える形式と思考によって、慣習的、類型的な演劇体験を大きく揺るがしてきた。本書は、このような枠組みを越えて、アメリカ演劇のキャノンと非キャノン両者のダイナミックな関係を理解しようとするものである。
目次
- 第1部 アメリカの主流演劇とオールタナティヴ(アメリカ演劇の方法—風習喜劇・メロドラマ・リアリズム;アメリカ演劇のオールタナティヴ—文化の政治学における地理と演劇)
- 第2部 家族劇とリアリズム演劇(時代に先駆けたレイチェル・クロザーズ—その社会問題劇と風習喜劇;リリアン・ヘルマンの劇を読む—フェミニズムとリアリズムとを視座として;消費社会の大衆自我—A・ミラー『セールスマンの死』;ふたつの母親像—オニールとオールビーの自伝的作品から;黒人家庭劇の特異性—ハンズベリとウィルソン;サム・シェパードの家族劇とニュー・リアリズム—トランスフォーメーションの演劇;遠景としての家族—『暗号』における欠損家庭)
- 第3部 オールタナティヴな演劇(もう一つの道の先駆者—ガートルード・スタイン;主体をめぐる演劇—テネシー・ウィリアムズ再考;多重化するビジョン—アドリアンヌ・ケネディと「私」の演劇;マリア・アイリーン・フォルネス—上演テクストにおける演劇性の考察;周縁から中心へ—アジア啓アメリカ演劇の若き旗手D・H・ホアン)
「BOOKデータベース」 より